第2次世界大戦後、日本はしばらく食糧難の時代が続きますが、人々の間で徐々に優れた健康食品としてヨーグルトが認知されるようになっていきます。
そして、1950年、明治乳業が工場での本格的なヨーグルトの製造を始めました。この時期、他の乳業会社も次々と製造販売を始めています。
この頃日本で作られていたヨーグルトは、甘味料と香料を加え、寒天やゼラチンで固めたものがほとんどでした。これは、日本独特の「ハードヨーグルト」と呼ばれているもので、容器は小型のガラスびん(90〜100ml)でした。
1953年には、東京都内だけでも1日5万本のヨーグルトが消費されたといわれています。
その後、ヨーグルトの消費量は拡大し、日本人の食生活に確実に浸透していきます。
開発・製造の分野でも、1964年に、世界に先駆けて日本で「発酵乳の連続発酵装置」の開発に成功。安定した品質のヨーグルトを製造する技術が飛躍的に向上していきます。
そんな中、1969年に果肉を加えたフルーツヨーグルト(ソフトヨーグルト)がプラスティック容器入りで各社から発売されました。 |
ヨーグルトブームのきっかけ・・・「ハウザー食」
1951年、アメリカの世界的な栄養学者ゲイロード・ハウザー博士が「Look Younger Live Longer(若く見え長生きするには)」という著書で、ヨーグルトを含めた合理的な健康・美容食を考案。全盛期のハリウッド映画界では、女優たちがこの「ハウザー食」をこぞってとり、欧米をはじめ、日本にもその人気が伝わり、以降、今日に至るまでそのヨーグルトブームが続いているのです。 |